前回までで、従来よく知られたうつろ舟関係資料の内容をひととおりご覧いただきました。

文献ごとに細部で違いがありますが、ほぼ共通しているのは

  • 享和三年に事件が起きた(日付は資料によって異なる)
  • 舞台は「常陸の国(現在の茨城県)、原舎浜(『はらとのはま』、『はらやどり』など)」
  • UFOのような外観の舟で、呼び名は『うつろ舟』、『空(うつぼ)舟』など
  • 中には美女が一人乗っていた。
  • 異国の文字、言葉で話が通じない。

といったところですね。
これらを踏まえて、これからご紹介する新発見の資料と比較しながら見ていただきたいと思います。

■この資料について

最初にお断りしておきますが、これからご紹介する新発見のこの資料、誰によっていつ頃書かれたのか、どういう目的で書かれたものなのか、一切不明です。
これがオリジナルなのか写しなのかも分かりません。(私個人としては、幕末~明治頃の写しではないかと見ています。)

そんなわけで、資料としては少々説得力に欠けると言わざるを得ないのですが、しかしその弱点を割り引いても、この資料のユニークな内容は一見の価値があると思います。
資料の信憑性についてはひとまず置いておいて、とにかく内容をご覧いただいた上で、判断は皆さんに委ねたいと思います。

■うつろ舟の絵

まずは絵の方から見ていきましょう。

お馴染みのうつろ舟の絵ですが、実はこの資料では「うつろ舟」という表現は一切出てきません。
あくまで、「漂着した異国船」という扱いで話が進められます。
これは他のうつろ舟資料と比較する場合に大変重要な点で、他の資料がどちらかというと奇談・ふしぎ話としての「物語としての面白さ」にウェイトを置いている感が強いのに対し、この資料の場合はあくまで事務的に事件の顛末を述べるに留まっているのが大きな特徴です。

うつろ舟の図

なんともカンタンな絵ですが、上でも述べましたように、そもそもこの資料は馬琴らのそれと違って「事件の報告書」という色合いが強い内容ですので、物語風の凝った描写ではなく、こんな感じのメモ書きっぽい絵になってしまっているものと思われます。これは絵の上手いヘタの問題ではなく、筆者は最初から凝った絵を描こうなんてサラサラ考えていなくて、単に報告書の内容を補足する目的でメモ書き程度の簡単なイラストを添えただけなのだと思われます。

さて、舟の絵は、馬琴のような平たいUFO型ではなく、どちらかというと「梅の塵」系の丸っこい感じですね。
しかし、「高さ一丈ニ尺(約3.6m)」、「幅五間ほど(約9m)」ですから、実際はこの絵ほど丸くはなく、もっと平べったい感じになります。

うつろ舟の図2

文中の縮尺にあわせると、こんな感じ。↑
もっとも、「高さ一丈ニ尺」というのが、図ではなんだか「上半分」みたいにも見えますので、これを全体の高さと解釈していいのかどうかは微妙なところですが。
舟については、残念ながらこれ以上の説明は何もありません。「窓がびいどろ」とか、「チャンで固めた」とかそういう描写は一切書かれていません。


■蛮女の絵

つづいて乗っていた女性とその持ち物の絵です。
女性についても舟の場合と同様、この資料では「蛮女」という呼び方はしていません。ただそっけなく「女」と書かれているだけです。
蛮女の図

これまた簡単な絵ですが、一部、従来の資料と似た描写がありますね。
何かお膳のような箱が描かれていて、「二尺四方」というのは馬琴のうつろ舟の描写とピッタリ一致します。が、箱の形は馬琴のとはちょっと違っていますね。
他の資料では「手に持って、決して放そうとしなかった」などとありますが、この資料ではそのようなことは書かれていません。
それどころか、「内に玉(ぎょく)あり」と書かれてるということは、箱の中を見せてもらえたということなのでしょう。この点、他の資料とちょっと異なる部分ですね。

箱の形ですが、「二尺四方」といえば約60cm四方です。60cmといえばけっこう大きなサイズだと思うのですが、さすがにそんな大きな箱を他の資料でよく見られるように「女性が小脇に抱える」ことはできませんので、そのせいか馬琴の兎園小説の絵では60cmを「細長い箱」で表現していますね。馬琴「うつろ舟の蛮女」の箱

ただ、「60cm四方」と言われれば、わたしなら60cmの立方体をイメージしてしまうのですが、細長い箱でも「四方」という解釈はアリなんでしょうか?普通は「長さニ尺」と表現するのでは?
細かいツッコミですが、どうも文中の「二尺四方」を馬琴が絵に描く際にむりやりこじつけた感があってちょっと気になります。

「梅の塵」の箱「梅の塵」の挿絵では箱を脇に抱えるのではなく、両手で体の前に持っていますね。60cmの大きな箱なら、この持ちかたの方がより自然だといえます。もっとも、梅の塵の場合はただ「小さな箱」と書かれていて、二尺四方とは明記されていませんけど。
いずれにしても、60cm四方ものドでかい箱では、「肌身離さず持っている」という状況は逆に不自然ですので、この資料でそういう風に描写されていないのはかえって自然な表現ということになります。

話がちょっと脱線しましたが、この図ではほかに「練り物が入った壷」も描かれていて、これも他の資料とだいたい合致しますね。
壷になにか模様のようなものが描いてありますが、具体的な説明がありませんので、この部分いったい何なのかはナゾです。
女性の不思議な衣服についてもぜひ言及して欲しかったところですが、残念ながら資料では髪型について触れている程度で、衣服については詳しい説明が全くなされていません。実に惜しい。

さて、絵についてはこんなところで。次回はいよいよ本文の方を見ていきます。
なにしろこの資料の面白いところは絵よりも本文の方なので、ぜひそちらをご覧いただいて一緒に事件の謎解きに参加して楽しんでいただきたいと思います。
次回もお楽しみに!
「江戸時代の浮世絵にUFO!?うつろ舟の謎 (5)」につづく)